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所沢の足跡 ~人物編~

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古谷重松(ふるや じゅうまつ)と重松流(じゅうまりゅう)

生い立ち

古谷重松は、天保元年(1830年)3月17日、所沢村上の宿(現在の東町)でこんにゃくの製造販売をしていた 古谷平兵衛の子として生まれました。

兄と共に家業を営んでいましたが、同所で味噌麹の製造と染料の藍玉を商っていた古谷源衛門の養子となりました。 重松がどこで祭り囃子を習得し、独自の一派を創案したかは明らかではありませんが、一説では大国魂神社(府中市)で 笛の修行をしたといわれています。

重松流祭り囃子の伝承

重松は、店のほうは、専ら養父や妻に任せ、自分は行商に励んでいました。この行商の際に、 好きな笛を忘れずに持って行き、出先で多くの人を指導しました。

笛の名人で、しかも、足で太鼓をたたき、笛を吹くという神業の持主が来るというので、いつも多くの人で賑わっていたようです。 西多摩地区では良き商人であり、また尊敬される師匠でもありました。

重松は仕事を終え、家に帰っても帳面をつけるだけで、後は自由時間なので自ずと笛を持って、よそに稽古へ出かけるようになりました。 村の中が中心でしたが、時には安松や秋津方面へも出向きました。各所では、熱心な若者達が師匠の来るのを待っていました。

決まった譜を持たず、すべて口伝である重松流。練習は「決まり文句」を暗誦(あんしょう)し、反復することでした。

明治7年(1874年)2月に古谷重松太鼓連中が久保稲荷神社(入間市)に奉納した絵馬に描かれた短冊には13箇所の地名が見て取れ、 それによると下新井、下富、所沢新田、菩提木、三ケ島新田、山口町谷(以上所沢市)、上藤沢(入間市)、北永井(三芳町)、 殿ヶ谷(瑞穂町)、清戸下宿(清瀬市)、砂川四番(立川市)、小川三番組(小平市)、萩尾(武蔵村山市)で、 この地域に伝えられていたと考えられています。

重松は、多くの弟子を養成しましたが、明治24年(1891年)2月3日、61歳で亡くなりました。

お墓は、市内御幸町の川端霊園 にあります。こちらの霊園には、将棋の名人、福泉藤吉のお墓もあります。

その後の重松流

重松の甥である古谷伊之吉が2代目、伊之吉の次男古谷吉之助が3代目を継承し、 多くの弟子を養成しました。

昭和44年(1969年)に愛好者によって「重松流祭囃子保存会」が結成され、祭り囃子の保存と後継者の養成に当っています。 市無形民俗文化財の指定を受けたのも同年6月27日でした。(K)

参考文献

  • 『所沢市史 文化財・植物』 所沢市史編さん委員会/所沢市 《213.4ト》
  • 『ところざわ歴史物語』所沢市教育委員会 《213.4ト》
  • 『重松流祭囃子沿革史』重松流祭囃子沿革史編さん委員会/重松流祭囃子保存会 《K382ジ》
  • 『埼玉人物事典』 埼玉県教育委員会/埼玉県 《K280.3サ》
  • 『埼玉の祭囃子Ⅳ』 埼玉県立民俗文化センター 《K380.5サ4》


「所沢の足跡」地図

御幸町の川端霊園