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所沢の足跡 ~民俗編~

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持明院(じみょういん)の河童

暑い日が続いていると、海や川で一泳ぎしたいなんて思いませんか?でも、気をつけないと、 河童などに水の中に引きずり込まれてしまうかもしれませんよ。今回は、所沢に残る河童のお話を紹介しましょう。

河童のわび証文

柳瀬川は、北秋津にある持明院のすぐ南で深い淵になっていて、曼荼羅淵(まんだらぶち)と呼ばれていました。

ここに、1匹の河童が住んでいました。この河童は、毎年夏になると、川底から続いている穴を通って笹井(狭山市水富)や 伊草(比企郡川島町)に住む河童に贈り物を届けることになっていました。その贈り物とは、人間の肝だったのです。

河童は夏になると川に水浴びにくる人間をおそって肝を抜いていましたが、その話が広まると、もう誰もこの淵に近づかなくなりました。

ある日のこと、久米に住んでいる一人の馬方が、川岸の草むらに馬をつないでおきました。すると突然、馬の悲鳴が聞こえてきました。 驚いた馬方が駆けつけてみると、なんと馬の腹に河童が食いついていたのです。人間の肝が手に入らず、困りはてた河童は、馬の肝を取ろうとしたのでした。

とうとう捕まってしまった河童は持明院に連れて行かれ、お坊さんに懇々と説教されました。そして、二度とこの土地の人に悪いことをしないという 内容の証文を書いてやっと許してもらいました。こうして、この淵では河童が悪さをすることはなくなりました。

この河童の詫び証文は、永い間、持明院に伝えられていたそうですが、残念なことに火事で焼けてしまったそうです。


持明院

元慶2年(878)権大僧都(ごんのだいそうず)寂寛(じゃっかん)によって創建したといわれています。 当時は、秋津村の中央に位置し、松根寺といわれていたようですが、詳しいことは分かっていません。

現在の地に移ったのは享保6年(1721)3月で、改名したのはこの時のことであったようですが、 古くは地明院といわれていたこともあったようです。

曼荼羅堂(阿弥陀堂)の本尊阿弥陀如来は弘法大師の作といわれていましたが、明治17年の火災で焼失しました。 現在の阿弥陀如来の作者は分からないようです。

持明院の本尊不動明王は正徳年間(1711~1716)に造られたといわれています。こちらは昭和43年(1968)に修復をしているようです。(K)

アクセス

 持明院 
 所沢市大字北秋津85
 西武線所沢駅下車、徒歩13分

参考文献

  • 『ところざわ歴史物語』所沢市教育委員会 《213.4ト》
  • 『埼玉のお寺』埼玉県仏教会/千秋社 《185.913サ》
  • 『所沢市史 民俗』 所沢市史編さん委員会/所沢市 《213.4ト》
  • 『ところざわふるさと散歩』 所沢市民俗研究会/所沢市立中央公民館 《388.134ト》
  • 『新篇武蔵国風土記稿 寺院堂庵書上』東松山市教育委員会市史編さん課/東松山市 《K185ヒ》
  • 「こども広報ところざわ」51号


「所沢の足跡」地図

持明院