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所沢の足跡 ~地誌編~

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  3. 所沢の地名


所沢市内のちょっと変わった地名

今回は所沢市内のちょっと変わった地名をご紹介します。


小手指《こてさし》小手指地区
小手指という地名は古く、太平記の合戦の場としても知られています。名前の由来についてはいくつかの説があります。しかし、はっきりとしたことはわかっていません。
  1. 1.合戦の舞台となったことから、武具である「篭手(こて)」にちなんだとする説。
  2. 2.昔、日本武尊(やまとたける)がこの地にて小手をかざして前方を見たという伝承による説。
  3. 3.昔、この原野に生えていた茨(いばら)の名称とする説。
  4. 4.「さし」は焼畑を意味し、原野を開墾したことによるとする説。
糀谷《こうじや》三ヶ島地区
「麹谷」と記す場合もあります。市域の最西部の地名で、もともとは宮寺村(現・入間市宮寺付近)の一部であったと伝えられています。 糀谷の「谷」は文字どおり谷地を意味し、谷に冠した「糀」は春の七草でもあるハハコグサ(ゴギョウ)のことをさしています。 ハハコグサの花の形状が糀に似ており、湿地に群生していたことからこのように呼ばれたといわれています。
城《しろ》柳瀬地区
中世、この地に八王子城主北条氏の支城と考えられる「滝の城(たきのじょう)」が築かれたことにちなんでいます。 滝の城は複数の郭(くるわ)を組み合わせた平山城(ひらやまじろ)の一種で、現在の城山神社が本丸に当たります。 滝の城が築かれた当時、付近の民衆は一度本郷に移されました。天正18年(1590年)豊臣秀吉の小田原攻めのときに本城とともに落城した後、民衆は再びこの地に戻り、城の北側の台地上に村落を形成したと伝えられています。
神米金《かめがね》富岡地区
明治9年に村落が合併して村になる際、神谷新田の「神」、久米新田の「米」、堀兼新田は堀金とも書いたのでその「金」をとってつけられました。
神谷新田《かみやしんでん》
横見郡吉見村(現・比企郡吉見町)の農民・神谷内蔵助(かみやくらのすけ)に開発されたことにちなんでいるそうです。
久米新田《くめしんでん》
久米村(現・所沢市久米)の平塚氏に開発されたことによるそうです。
堀兼新田《ほりがねしんでん》
堀兼村(現・狭山市堀兼付近)を本村とする新田であることからこのように呼ばれました。(F)

参考文献

  • 『所沢市史 地誌』 『所沢市史 文化財・植物』 所沢市《213.4ト》
  • 『ところざわ歴史物語』 所沢市教育委員会《213.4ト》
  • 『所沢市史研究 第19・20号』 所沢市教育委員会《213.4ト》
  • 『新編武蔵風土記稿 第8巻』 雄山閣《K290.1シ》
  • 『武蔵野歴史地理』高橋源一郎/著 有峰書店《K290タ》
  • 『埼玉県入間郡誌』 千秋社《K220サ》
  • 『埼玉県地名誌』 韮塚一三郎/著 北辰図書《K290.3ニ》

「所沢の足跡」地図

①小手指 ②糀谷 ③城 ④神米金